【三次市布野町】近代短歌を代表する歌人・中村憲吉の記念館|三次市観光 Walk @round Miyoshi(みよし観光まちづくり機構公式ウェブサイト)|広島県三次市

【三次市布野町】近代短歌を代表する歌人・中村憲吉の記念館

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【三次市布野町】近代短歌を代表する歌人・中村憲吉の記念館

【三次市布野町】近代短歌を代表する歌人・中村憲吉の記念館

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中村憲吉記念文芸館

住所/三次市布野町上布野1196-1 電話番号/0824-54-2119

ふるさとの山がはの町は夜霧して 空にいざよふ十日餘の月

中村憲吉をご存じですか。双三郡布野村(現在の布野町)に生まれ、のちに「近代短歌の確立に尽力した」といわれる歌人です。

2012年、三次市布野町に完成した「中村憲吉記念文芸館」は、憲吉の家を改修したものです。こちらでは、歌人・憲吉の46年の生涯を、作品集や直筆の書簡、写真などとともに振り返ることができます。

母屋と、のちに憲吉が歌友接待のために増築した客殿からなり、内庭に見事な庭園が広がる、趣ある「短歌の館」をゆっくりと楽しんでください。

歌人 中村憲吉とは

中村憲吉は大地主の二男に生まれ、布野尋常小学校、同高等科に学びました。三次中学(現広島県立三次高等学校)に進んだ頃に文学に興味を持ち、仲間と発行した回覧雑誌「白帆」に、随想や俳句を掲載しています。その後、鹿児島第七高等学校造士館に進学。その頃詠んだ歌が縁で伊藤左千夫に師事したことが、歌人・中村憲吉の大きな転機となりました。

当時、伊藤左千夫の門下には、斎藤茂吉、土屋文明、島木赤彦、古泉千樫、平福百穂など著名な歌人がいました。上京した憲吉は、伊藤左千夫のもと、歌壇で有名な歌人と交友を深め、自らも歌人として名を成していくのです。島木赤彦との共著歌集「馬鈴薯の花」のほか、7冊の歌集を世に送り出しました。その中で、布野村へ帰省したときのこと、家業継承のため帰村したときのことなど、故郷を詠んだ短歌も数多く残しています。家業を継いでから、母屋の隣に客殿を増築したり、植林を手掛けたりと、故郷に心を砕いてきたことも、憲吉の短歌から感じることができます。

「中村憲吉記念文芸館」を案内してくれたのは、同館の館長、升井紘さんです。

升井さんも布野生まれ。かつて大手企業の会社員として、中国地方各県や東京などを飛び回ったのち、「定年後は田舎暮らしがしたい」という妻の希望で、故郷布野町に居を移しました。

「1998年に故郷に帰ってきたとき、中村憲吉のことは正直あまり知りませんでした」と柔和な笑顔で話す升井さん。升井さんの父親がかつて憲吉に歌の手ほどきをしてもらい、父親は逆に憲吉の子どもの勉強をみていたという話を、年の離れた姉や母親から聞き、次第に「憲吉の偉業を伝えるお手伝いをしなければ」と思うようになったそうです。

「近所のおじさん」と慕っていた人が亡くなり、その人の所属していた「しがらみ短歌会」に入会したことも何かの縁だったのかも知れません。地域行事などに関わるうちに「憲吉の功績をたたえる施設を建設しよう」という活動にも加わるようになりました。

文芸館の庭には、しがらみ短歌会が建立した歌碑も。メンバーの一員として升井さんの名前も刻まれています。

 

文芸館建設が決まってからは、東北や長野、東京など、憲吉ゆかりの地を訪れたり、親族から愛用品を寄贈してもらったりと、あちこち奔走した升井さん。その甲斐あってか、開館してからは、近在はもとより遠方からもたくさんの人が訪れてくれました。全国の短歌の会、老人会、外国人までもが足を運び、升井さんの丁寧な案内による解説を喜んでくれました。また、「短歌まつりの夕べ」「茶席・朗読の会」「短歌交流会記念講演」といった催しで、多くの人が文芸館に集うことも升井さんの喜びでした。

特に、地元・三次市布野小学校と、憲吉逝去の地・尾道長江小学校との交流会が続いていること、布野中学校と布野小学校の生徒・児童が短歌を詠む「短歌交流会」が開催されていることはとても誇らしく、嬉しいのだと升井さんは振り返ります。

升井さんは、憲吉についてまとめた小冊子を「布野町まちづくり連合会」メンバーと共に手掛けてきました。現在3作目が配布されているほか、小学生用に分かりやすくまとめた別冊子も編集しました。また「案内してほしい」という人たちのために、予約制で案内人も務めています(案内・資料代別途)。これらの升井さんの努力は全て、布野が生んだ素晴らしい歌人のことを、当時の歴史背景と共に継承してもらいたいから。そして、憲吉が故郷を詠んだ歌を多く残したように、子どもたちにも故郷を大切に思ってほしいと願っているからです。

小中学生向けの学習資料として作成した冊子。

文芸館では、歌人「中村憲吉」の一面だけでなく、中村家の当主である憲吉の生き方を感じることもできます。布野に戻り、所有する広大な山林に注目した憲吉は、檜や杉の植林に取り組みました。自ら植林に関わったこと、そのときの気持ちを歌に詠んでいます

八千とせの森にしげれと雲のゐる女亀の山に槍を植ゑまつる

憲吉が植林に意欲的だった背景には、もちろん50年後100年後に中村家の収益となるようにとの思いもありましたが、「将来、木を伐り出す人、運搬、製材、建築などで布野の人たちが豊かになること」もあったのだと、升井さんが教えてくれました。

現在、道の駅「ゆめランド布野」で、憲吉が植林した檜で作成されたモニュメントを見ることができます。憲吉が、1929年、広島県と島根県にまたがる女亀山の頂上付近の所有山に植林したものです

短歌の世界に大きな足跡を残した歌人、中村憲吉。

1階、2階と館内を巡っていると、多くの歌人と心を通わせ才能を発揮し、地域振興も願っていた憲吉の懐の広さ、穏やかさが伝わってくるようです。ぜひ足を運んでみてください。

Information

スポット名 中村憲吉記念文芸館
所在地 広島県三次市布野町上布野1196-1
料金 入館料 無料  案内人は常駐していません。案内を必要とする方人は事前に布野まちづくり連合会に連絡を。案内・資料代は運営協力費として別途申し受けます。
営業時間 開館 10:00~18:00(入館は17:00まで)
お休み 休館日 月・12/29~1/3
電話番号 0824-54-2119(布野まちづくり連合会)
外観写真