四季折々、色とりどりの庭 江戸時代の風情を感じられる歴史建物 | Walk @round Miyoshi(みよし観光まちづくり機構公式ウェブサイト)

四季折々、色とりどりの庭 江戸時代の風情を感じられる歴史建物

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四季折々、色とりどりの庭 江戸時代の風情を感じられる歴史建物

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頼杏坪(らいきょうへい)の役宅 運甓居(うんぺききょ)

住所/広島県三次市三次町1828-2 □TEL/090-4697-3327(運甓居を守る会事務局・中村) □定休日/不定休(紙芝居は常時は行っていません)

江戸時代の三次で、奉行を任せられていた頼杏坪が、役宅として使っていた建物が、「運甓居(うんぺききょ)」です。
場所は、現在の三次小学校の目の前。そこは元々、三次浅野藩の藩主が、政りごとや住居として使っていた居館があった歴史ある場所の側です。昭和12年に広島県の史跡に指定されました。

建物や庭をいつも細やかにお手入れされている「運甓居を守る会」の中村さん。管理にはとても大変な労力がいることを感じさせない笑顔で、「リラックスして、ここでゆっくり過ごして欲しい。」と言われます。事前に連絡をすることで、見学ができるので、四季折々のすばらしい景色が広がる縁側で江戸の空気を感じてみてください。

【頼杏坪と運甓居】
江戸時代の1813(文化10)年から、現在の三次市と庄原市あたりの代官を歴任していた頼杏坪。広島の備北の各村々を歩き、民衆の声耳を傾けていました。その後、1828(文政11)年に、頼杏坪は奉行として三次町に赴任し、役宅として使ったこの建物を「運甓居(うんぺききょ)」と名付けました。

奉行は、市長・警察署長・税務署長を合わせたような役どころ。頼杏坪は、年貢の軽減を藩に何度も進言したり、庄原市の日吉神社では、日本で初めて「敬老会」を開いたと言われるなど、常に民衆の立場に立ち、人を敬う心の人でした。一揆や飢饉に備えて、渋柿を植え育てることを奨励するなど、民衆と助け合い、深い関係を築いていたそうです。
その名残からか、運甓居の庭には柿やたくさんの梅の木も植えられていています。
 また、頼杏坪は和歌、漢詩、書にも長け、何千という和歌、漢詩を残しています。その中にはこの三次の地や運甓居の四季、近隣の地の風物、また藩と民衆の板挟みに苦悩する杏坪の心情などが垣間見えるものもあります。

132㎡もある茅葺屋根の平屋建ての建物は、手入れと修繕を重ねながら、江戸時代そのままに保たれています。縁側から見える庭は、手入れの行き届いた立派な日本庭園。3月は梅が咲き、4月は桜と真っ赤な霧島、5~6月はさつき、秋には紅葉が鮮やかになり、冬には綿帽子を被った雪景色も絶賛されます。頼杏坪も、又ここを訪れた甥の頼山陽らもこの庭の四季を楽しんだことでしょう。

縁側のある和室の奥には、2畳の書斎があります。そこには大工さんの技術が詰まった船底天井があり、窓から見える緑も風情を感じます。

今では、茶会、地元の子ども達の茶道教室、琴や三味線のリサイタルの場などとしても利用されています。
三次に江戸時代から伝わる稲生物怪物語の紙芝居も行われ、時代背景とマッチした雰囲気の中、江戸時代そのままの風情を楽しまれています。

時間がゆったりと流れながらも、一日一日と歴史を刻み続けている運甓居。
大切にされている三次の宝の一つです。

なぜ運甓居(うんぺききょ)と言う名前なのか?
それは、古代中国の武将が心身の鍛錬のため、朝夕毎日、瓦1oo枚を運んだという故事に因み、政務に携わる自身を律する決意として、杏坪が名付けまし 
た。

Information

スポット名 頼杏坪(らいきょうへい)の役宅 運甓居(うんぺききょ)
所在地 広島県三次市三次町1828-2
お休み 不定休(紙芝居は常時は行っていません)
電話番号 090-4697-3327(運甓居を守る会事務局・中村)